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2007年2月25日 (日)

第44回「日本人のお母さんはどこで習ったの?」

Bclworkshop


第44回「日本人のお母さんはどこで習ったの?」

 1998年2月は、コンケーン移動図書館さんとの交流や、300人もつめかけた初のオペレッタ人形劇「さんびきのやぎのがらがらどん」公演など(バンコク子ども図書館物語第35~41回)1995年に始まった活動も、充実してきました。
 そんな中、タイの児童出版社編集長ポンアノーン先生が(その出会いと交流については、第28回から31回までに)、一度、バンコクの幼稚園の先生にお話会の見学と紙芝居や人形劇の道具などを見せてあげてくれないかと連絡してこられたのです。

 日本人学校や幼稚園は、三月の二週目くらいから、四月中旬まで長い春休みに入ります。この時期がタイでは一番暑いのと、「タイ正月」があるためです。

 それで、おはなし会も、三月は第一週土曜日に一回あるだけで、後は四月後半の土曜日までお休みにしていました。この長いお休みの時期に、ボランティアも旅行に出かけたり、日本に一時帰国したりするのです。

 急いでその三月の一度だけのお話会にお招きすることにしました。

 当日は絵本二冊の読み聞かせのあと、本帰国する万田さんが最後に作ってくれた紙芝居『しろくまちゃんのほっとけーき』の初演(著作物使用権許可ずみ)、それに蓮野さんの私物であるお人形のセットを使った人形劇『赤ずきんちゃん』まで行いました。

 紙芝居と人形劇が見られるとあって、当日は、子ども約八十名、大人約四十名の参加、そこにタイの先生方が二十名加わって、大盛況でした。

 タイの幼稚園の先生だけでなく、児童出版社やラジオの子ども番組のディレクター、そして絵本作家チーワン先生とその息子さんも来られていました。息子さんは当時六才で、日本語だったがとても喜んで見てくれました。
(写真をクリックください。左のほうの黒いシャツの男性がチーワン先生です。)
 

 そして一般のお客さまが帰ったあと、先生たちに残ってもらって、チーワン先生の絵本『はみがきフォンくん』の紙芝居や、その後作っていた『ばったがぴょんぴょん』のペープサート、人形劇『ぐりとぐら』『がらがらどん』の人形や道具類をお見せしました。

 ポンアノーン先生は、タイの方々に言われました。

日本人は、ふつうの主婦が、こんなふうに図書館を作っているんです。なんてうらやましいことでしょう!ここは、タイで唯一の子ども図書館なんですよ
そして、この道具類を見てください。みなさんは、よく『人形劇がいいものだとは知っているけれど、お金が無くて買えないから、できない』と言いますね。でも、日本人は、こうして廃物をリサイクルして、自分たちのくふうで、こんなにかわいく作っているんですよ。ほら、この岩の裏側を見てください。段ボールの箱なんです。そして、この車輪。牛乳のフタですよ。他にも、どうぞよく見てください」
 
 そのとき、一人のタイ人の先生が質問されたのです。

「日本の主婦のみなさんは、これらの作り方をどこで覚えられたのですか?専門の学校があるのですか?」

 私たちは、虚をつかれました。それらは、万田さんや蓮野さんなど、それぞれの奥さんが「ひらめいて」作ったものなのです
 
 私は、
「日本では小学校の授業で、紙芝居の作り方や、工作を習います。それから、主婦の雑誌でも、リサイクルや、お人形の作り方を見ることができます」となんとか答えました。

 そして、答えながら気がついたのです。
 私たちは、日本という恵まれた環境の中で、知らず知らず経験していたのです。「図書館」の形や活動。お話会のこと。人形劇や紙芝居のことなどを。
 これこそが、広い意味での豊かな教育の恩恵ということなのでした!
 私ははじめて、その意味に気づかせてもらったのです。

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